cotton の 目

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当たり障りのない性格のわたしが、密かに持っている視点を綴ります。

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「頑張って」が持つ重み

 

「頑張って」って言葉は多用されるけど、敏感になると ものすごい重みを持つものだと思う。
決して悪い言葉ではないけれど、この言葉に対しての思いを書いてみました。

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かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。あまり表に出さない視点・思考をブログで放出中。
【最近の思い】わたしの思いは わたししか言えない

「頑張って」は、頑張っていない人にはあまり言わない。(わたしの主観)

頑張っているからこそ、応援の気持ちでふと口からこぼれてしまうような気がします。もちろんわたしも言ってしまう。そのあとは例外なくもやもやした後味になる…

きっと、わたしがこの言葉に強烈に違和感を持ち始めたのは 病気が発覚してから。
頑張っても頑張らなくても病状は変わらないし、そもそも何を頑張ったらいいのか😥

 


 

それ以前も微かな違和感はありましたが、まぁ深い意味なく、わたしを思いやって言ってくれているんだろうなと思うようにはしていました。

が、言われる機会が多くなったのか それとも 心に引っかかることが多くなったのか、とにかく「頑張って」が嫌な言葉になっていきました。

病気に関連しなくても、学校やアルバイトの生活に対し「頑張って」と言われても、(いや、言われなくても頑張ってるよ)(これ以上何を頑張るんだよ)って思ってしまう…。
卑屈になっていく自分を感じて、益々嫌になることも多々ありました。

 


 

この記事を読んでくださっている方には、同じような思いを抱く方が多いのでは?

そんな方々に何か伝えたい。と思ったのですが、ふと思い浮かんだ言葉は「気にしなくていいよ」「十分頑張ってるよ」「あなただけじゃないよ」などなど…ありきたりで 空っぽで きれいごと。

こんなことを伝えたいんじゃない。
言葉にするのは難しいけど、ひとつ言えるなら、いろんな感じ方があって当然

 

「頑張って」って言うのも悪くない。

それ以外の言葉が見つからないんだもん。わたしは代わりの言葉を探し続けてはいるもののピンとくるものがありません。(できるだけ使わないように心掛けてはいるけれど。)

発する言葉は何であれ、非言語部分で芯はきっと伝わる… と信じたい。

過去には全然嫌な気分にならない「頑張って」も存在しました。
具体的に覚えていないのが残念ですが、確実にあった。だからこの言葉自体が悪いわけでは絶対にない。

 

「頑張って」に違和感を持つのも間違えじゃない。

感じたことが全て。感情を否定する必要はないし、苦手な言葉だと認識することにも価値があると思う。

その都度言葉について考えることが学びになる… と思ってる。

ただし思い詰めると逆効果なので、確実な答えはないことを心に留めておくと良いかもしれません。

 


 

以上は全部わたし自身へのメッセージでもあります。

常に悩んでしまう言葉だから、悩んでいるままに綴ってみたけれど、人に対して伝える言葉にすると自分の心が癒やされるのが不思議です。

頑張っていない人にはあまり言わない…とは言ったものの、そもそも頑張ってない人なんかいないか、とか思い直しています。

というか頑張るって何だろう。。