cotton の 目

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当たり障りのない性格のわたしが、密かに持っている視点を綴ります。

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摂食障害のおわり

 

摂食障害から脱した、回復したと言えるのはいつだろう?
しょっちゅう考えることですが、未だ答えが出ないもやもやを綴ります。

 

 

かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。まとまらない視点・思考をブログで放出中。

わたしは摂食障害(拒食症)を経験しています。
拒食症に限った話になりますが、完全に回復したと言える「摂食障害のおわり」がどこなのか、もやもやのまま書いてみます。

 


 

まず、症状がなくなった=回復 と考えるとします。

拒食症で言う症状は、
食 症状▶ カロリー制限、食べられない
身体症状▶ 疲れやすい、低血圧、無月経
精神症状▶ 肥満恐怖、情緒不安定

など。

これらがなくなれば回復といえることになります。

 


 

身体症状 があるかどうかは、比較的確認しやすいと思います。

正直、病院で治療している場合では、この部分しか見てもらえない場合も多いのではないでしょうか。
わたしが通院・入院した経験ではそう感じました。

数字で表れる体重の管理がそのほとんどで、あとは血圧など。
客観的な数値で明確に症状の有無を判断できます。

 


 

一方 食症状 の有無は、判断が結構難しく感じます。
買い物時にカロリーを確認するくらいはありなのか、ある一部の食べ物が食べられない状態はどうなのか、曖昧です。

わたしの現状は、メニューを選べば外食もできるし生活に支障はないけれど、どちらかというとカロリーが低い方を選びがち。食症状ないという自信はない、という感じです。

 


 

精神症状 に関しては 誰にでも波があるものなので、症状がなくなるとか、そういう言い方が正しいのかすらわかりません。

特性によっても左右されるものなので、摂食障害と完全に比例するものでもない気はします。

 


 

ここまでの解釈はわたし個人の解釈なので、違う考えを持つ方ももちろんいます。
ほぼ同じ解釈であったとしても、
上の全てがなくなったら回復、と思う人もいれば、
一部だけでもなくなれば回復、と思う人もいます。

 


 

わたしの今一応落ち着いている考え方は、

とりあえず摂食障害に振り回されないで楽に生きられたら回復


摂食障害に振り回されない ためには、必然的に食症状が落ち着く必要があると思います。
ただし、一切なくならないといけないとは思わなくて、自分の中で折り合いをつけられるくらいならいいのかなぁという感じ。

楽に生きる っていうことには、心身両面が必要だと思うので、
身体症状・精神症状どちらもある程度は改善するのが望ましいと思います。

特に精神症状が重要で、率直に言うと精神症状さえ良くなって心が落ち着けば良いかなとも感じます。
体の健康を考えると身体症状ももちろん重要なんですが、死に直結するほどでなければ、しんどくなければ、いいじゃんって思いたい。


 

この感覚は常に流動していて、これ!っていう確定的なわたしの思いではありません。
これからもきっと悩み続けるものなんだと思います。

むしろその定義の違いが、
人それぞれの、その時々の、「回復」かもしれないな、と思ったり。

「回復」が自分でもはっきりしないので 摂食障害回復者です とは到底言えず、
自分のことは「経験者」と言うことが多いです。

今現在苦しんでいる渦中であっても、少し楽になってきた立場であっても、
「経験者」であることには変わりないと思うためです。

悩みながら、少しずつ楽になりたい。