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当たり障りのない性格のわたしが、密かに持っている視点を綴ります。

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気付けなかった 摂食障害のSOS


わたしは摂食障害の、いわゆる「拒食症」を経験しています。
日常生活に問題がなくなってきた 今だからこそわかる、体のSOSを紹介します。

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かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。あまり表に出さない視点・思考をブログで放出中。
【最近の/思い】正規/非正規ってネーミングおかしいでしょ

摂食障害に関する ネットの情報や書籍には、
「こんな状態になったら病院へ」
「こういうSOSがあります」
という例が書かれていることがあります。

わたしは助けを求めてネットなどを漁っている時期がありましたし、そうした情報に触れてきました。
それでも、「これに当てはまるからやばいかも」という危機感に繋がることはなかったように思います。

当てはまるものがなかったわけではないのですが、今の体の状態が どの程度ひどいものなのか、実感が沸かなかったのです。
それでも 今振り返ってみると、体の異常は多々ありました。

 


 

そこで、振り返ってみてSOSだったと思うものを書いてみます。
これが わたしが かつて見た情報と違った価値を持つものなのかは、自分自身疑問を持ちつつ、本などの情報だけに頼る困難さを指摘できればと思います。

まずは、今思うSOSを列記します。

あらゆるところの痛み

まずは痛み。

どこが痛かったかというと、
歩くときに かかと が痛む。
仰向けに寝ると 尾骨 が、うつ伏せ・横向きに寝ると 骨盤 が痛む。
座ると お尻 、寄りかかると 腰骨 が痛む。

わたしの場合標準体重を下回り、骨が浮き出ていたので、骨の触れる部分が痛かった。
だけど、「まぁ前から痛いときもあったし、摂食障害のせいじゃないでしょ」と思ってしまいました。

改善した今、肥満ではなく人間らしい体型になっただけで、痛みはほとんど消えています。
長い時間座っていればお尻は痛くなりますが、10秒も耐えられず常にクッションを持ち歩く、という必要はなくなりました。

(ちなみに愛用していたクッションは、ボディドクターというところのもの。困っている方にはおすすめ。これを使わなければならないほど、ということはかなりまずいSOSかも、ということは忘れずに。)

皮膚の乾燥

こちらは、一番困っていたことと言っても過言ではない…。
特に頭皮の乾燥がひどく、フケといっていいのかわからないほど広範囲の頭皮が、ボロっとむけてしまう状態が続きました。
髪をブラッシングすると延々頭皮が落ち、いくら振り払っても終わらない。

確か 髪が抜ける、という影響は知っていましたが、わたしの場合は髪の毛よりも頭皮が目立ち、あの情報と同じ、と捉えることはありませんでした。

頭皮だけでなく体中がカサカサでしたが、もともと乾燥肌で 程度がひどくなっただけ、という認識しかできなかったので、摂食障害の影響と受入れられなかったんだと思います。

強い眠気

次は眠気。とにかくとにかく眠くて、食事以外は寝て過ごす毎日が続いていました。

「エネルギーが少ないから冬眠状態なんだ」と母と話していましたが、そんな情報を目にしたことは多くありません。
(大分記憶が薄れていて、眠くなるという情報を見た記憶がありません。)

反対に、「不眠が続く。薬で緩和することもある。」という趣旨の情報はかなりたくさん見ました。
わたしの主治医も「眠れてる?」と度々聞いてきて、不眠になるという型にはめられて見られている感覚が強くありました。

全く逆の状態にある自分に、摂食障害ではないのかもしれないという望みを持ってしまったのも事実です。

視界への拒否感

次も眠気と若干似ていますが、「見る」ということも辛かったことがあります。
別に難しいことをしようとしたのではなく、ただテレビをぼーっと見ること、そのことに対して拒否感がありました。

先程も書いていたように寝て過ごす日々ではありましたが、ずーっと眠っているわけではなく、起きてはいるけど寝転んでいる時間もありました。

そうしたときに母がテレビをつけてくれたりするのですが、
テレビを見るって、動いているものを目で追う、テロップを読む、など 結構いろいろやってるんですよね。文脈を捉えるとか。
それがほんとにできなくて、疲れて、見れませんでした。

だけど、こんな情報もネットなどでは知りません。
まぁここまで来ると異常であることはわかるのですが、考える気力もないのでただ辛いと思うことしかできませんでした。

形態の異常

ここからは、見た目に関しての異常です。
表現が難しくて「形態」と書きましたが、正常な体ではあり得ない変化があった、ということです。

ひとつは、鎖骨の真ん中少し下あたりに、凹んだ部分が現れました。
文章で説明するのは難しいので、イラストを入れますね。

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ちょうど部分ですかね。凹んでいました。
あれ、こんなとこに凹みあったっけ、と気付いたんですが、今はフラットになっているので異常だったのだと思います。


また、肩甲骨がくっきりとわかるのも、おかしい状態でした。
特に水平に見える骨が自分で見ても痛々しく、正常ではないことを表していました。
(当時はそこまで思っていなかったかもしれないけど、今写真を見返すとやばい。)

姿勢の「老化」

最後は、姿勢についてです。
「老化」としましたが、背中が曲がっているように見えたり、O脚になっていたりしました。まるで老人…

またまた画像で提示しますが、本当に姿勢が悪かったのかは怪しいところがあります。

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というのも、背骨の正常な形は弓なりで、骨格だけを見ると姿勢が悪く見えます。
そこに筋肉などの輪郭を加えると、背骨の形は変わっていなくても姿勢良く見えるのです。

つまり、痩せて骨があらわになると姿勢良く見えるはずがない、ってこと。
O脚はもともとでしたが、お尻を締める力だったり、足を閉じる内ももの力がなく、悪化したのだと思います。

 


 

…と、ここまで書いてきましたが、
おそらく摂食障害渦中では、どのSOSにも気付けないでしょう。

わたしがそうであったように、振り返って気付くケースが多いと思います。
特に視覚で異変に気付くのは不可能に近いです。
摂食障害の場合、自分の体型を歪んで捉えることがあるためです。

もちろん、苦しむ時間は少ない方がいいので、早期に気付く・受入れることがいいのでしょう。
でも、心を大切にしてほしい。
病気を受入れる、治療を受入れる、ということは辛く難しいことです。

命に直結する病でもあるため、下手なことは言えない。
それでも、わたしの経験から言いたいことは、納得せずに治ることはできないのだろう、ということ。
どれだけ時間がかかっても、自分の意志で真剣に治りたいと思う時期を待ってもいいのかも。

わたしの思いとしては、もしわたしが摂食障害のせいで死んでしまっていたとしても、たぶんそれでよかった。
強制的に入院させられ、人工的に栄養を入れられ、心がついて行かない生活よりは。

もちろん、違う考えをもつ人もいます。
体の反応も千差万別で、書籍情報/上記のわたしの経験 に当てはまってもそうでなくても、体のSOSは個別の表現で現れます。
自分の体をよく観察すると、何か気付くことがあるかもしれませんよ。

費用と価値観の沼に溺れる

 

最近、「お金をかける」ことについて、考えることがありました。
経済面に直結し、かつ 価値観で判断しなければいけないこと。
「お金をかける」ということに、悩んだ経験はありますか?

 

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さて、わたしがなぜ「お金をかける」ことについて書こうと思ったかには、今現在悩んでいることがあるからです。

それは、歯の矯正
歯並びが特別悪いわけでもありませんが、一部並びに重なりがあるのが昔から気になっていました。
(歯科では「叢生(そうせい)」というらしい。)

ふとしたときに、母と「気になってるんだよね~」という話になり、「そういえば近所の歯医者さんでマウスピース矯正やってるらしいよ」と話が発展。
母の反応も「へぇーやる?」と乗り気だったので、検診ついでに矯正の話を一度聞いてみることにしました。

このとき、それほど知識なく興味だけで話していたので、どれくらいの費用がかかるのかなどの具体的なイメージはほぼゼロ。

話を聞きに行く前には、少しは知識があった方がいいだろうと思って調べ始めると…
マウスピース矯正にも様々な 種類/費用 があることが判明。
4万円くらいから始められる…などの情報を得て、収入がほとんどないわたしでも なんとかできるかもしれない、という期待をもって歯医者に行ってきました🦷

 


 

すると わたしの場合は、費用を抑えても
▷前から見える部分のみを矯正するもので 20万円程度
▷片側がきちんと噛み合っていないことがわかり、それも含めて矯正するもので 35万円程度
かかることがわかりました。

母は20万なら全額負担してくれると言ったけど、お金に余裕があるわけでもないので 頼り切るのは申し訳なく、一部はわたしが出そうと心の中で決めました。
20万円なら10万ずつ出してできないこともない。

とはいえ、噛み合わせが悪いと言われると なんだか気になってきて、今までほんの少ーし気にしていたあらゆる口周辺の不都合を生んでいるのが噛み合わせなのではないか、なんて考え出して、全てをきちんと直したい気分にもなります。

だけど35万円はかなり大きい額だ、と考えると、
 そんなにお金をかけるべき治療なのか?
 今までは不都合なく、ただ見た目を直すことにそれほど費やしてもいいのか?
 というか 35万も使うんだったらもっと買いたいものがあるかも…
 いや、そもそも自分はそんなにお金をかけていい価値あるものではない…
 …

と、ぐるぐる グルグル ネガティブの沼に落ちそうになったのでした。。。
つらい、苦しい、、

 


 

ちょっと気になるところを直して、気分も上がって✌自己肯定感も上がって✌QOLも上がって✌HAPPY🙌💕
になるかと思ったのに、逆の方向に落っこちそうな今。

危機感を感じて、考えるのをストップしています。
矯正をやることもやらないことも、決心できない。
思い切ってやっちゃえば、やってよかったって思うのかな、とかいろいろ考えちゃう。

みなさんは、高価な買い物をするときなど、こんな葛藤を抱いたことはありませんか?
下にスクロールしていくと [コメントを書く] ボタンがあります。
体験談などぜひ聞かせてください。
きっとすぐには決断できないので、時間が経ってもどんどんコメントお寄せくださいm(_ _)m

インカム嫌悪

 

以前の記事でも少ーし触れたことがあるのですが、バイト先で使用するインカム(トランシーバーみたいなやつ)がとことん苦手です。
わたしだけではないと信じて、どんな風に嫌なのか、辛いのか、言語化することに努めてみました。

 

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【最近の疑問】デリカシーの身に付け方ってなんだろう?

 以前この件に触れた記事は、この記事になります。↓

光と音への敏感さを記載した記事

てんかんでも映画が観たい - cotton の 目

てんかんには、光によって誘発されるものがあるようです。 わたしは、映画館で映画視聴後に気分が悪くなったことがあるので、ここ何年かは避けるようにしています。

 この記事では映画に焦点を当てていますが、今回は仕事で苦労したインカムに限定して綴っていきます。

まず わたしの働いている職場では、全員がインカムを使用することが求められていました。
接客業のため、迅速に情報共有をするために必要だったからです。

会社に採用されて 勤務初日のときからインカムを常に携行。
上司からは「ちょっと聞きにくいかもしれないけど、すぐ慣れるから!」と聞かされていました。

 


 

インカムから聞こえる音は、ジーーっという機械音発信元のこもった声
正直何を言っているのか全くわからなかったし、聞き取れるようになるとは思えませんでした。
しかし、インカムを使ったことがなかったので、こんなものなのかなぁと思っていました。

とはいえ、1日に何十回も聞かなければならない不快な音は、耐えがたいものでした。
一方的 かつ 不意に 鳴るので、心の準備もする余地がありません。

それでも、始めたばかりの雑用でインカムに集中する時間が短い間は、なんとかやっていけました。

 


 

それ以降が大変。
わたし1人に任される仕事が増えれば増えるほど、インカムでの指示が増えます。
事務仕事なので、聞き取れなかった場合は事務所内にいる人に「今なんて言ってた?」と聞いたりするのですが、あまりにも毎回聞いていると面倒くさがられます。

いや 正確に言うと、面倒くさがられたら嫌だなと思っていただけです。
そう思って よく聞こえなかったくせに確認もせず、間違いを起こしたこともしばしば…😥

この状態を上司は心配してくれていました。
聞き取るの苦手、と漏らしたときも、「そうだよね。」と聞いてくれたこともありました。
でも…聞いてくれるだけ!
不快な音から解放されることはなく、ストレスは溜まるばかりで辛かったです。

「慣れるよ」と言われた言葉も、半年以上経ってもほぼ聞き取れない状況で信用できなくなりました。

 


 

社長にも、インカムが苦手で聞き取れず辛い と相談したこともあります。
意外にも、社長自身インカムが苦手だったからわかるよ~との反応。

これで少しは対応してくれるかも!と期待しましたが、何一つ変わりませんでした。
「聞こえなかったら何回でも聞きなおせばいいよ」とか「聞きなおす勇気も必要なんじゃない?」とか言われるだけ。

そりゃあ 聞きなおしてますよ、事務所でも聞き回ってますよ、って更にストレスが増えました。
それに繁忙期に入ると 聞きなおすとキレられるし、みんなイライラしてるし、、😭

 


 

不快な音…と言っていますが、なんというか、我慢できない感じ。
ああああ😫ってなる。

でも、他の従業員はそこまで気にしていないようでした。
年齢が近い子に相談しても、「そんなに?😅」って言われました。

その子曰く、インカムの調子が狂ってザーザー鳴り続けるときと、電話中にインカムも被ってくるとき以外は大丈夫、と。(古い機械なのでしょっちゅう狂う😰)
わたしは通常運転のときも心が乱され注意散漫になるし、インカムの調子が悪いときなどは付けていられなくて外してしまっていたので、だいぶ「嫌」の程度が違う と合意しました。

 


 

特に母に辛いと言っていたので、もうやめる?と促され(?)、次の仕事も未定のまま辞めたいと申し出ました。

辛くて仕方なかったので、
「辞めるには最短で1か月後だと思うので それまでは頑張りますが、正直なことを言うと今すぐ辞めたいです。」と伝えました。
その時点で初めて、社長が事態の深刻さに気付いたようです。

その後どうなったかは、長くなるのでまた他の機会にでも。
とにかく、インカムが辛いということはしっかりと伝わったおかげで、インカム不使用が認められました。

これを読んでくれた方にも、わたしの辛さが伝わったでしょうか?
同じようにインカムに悩んでいる方に届くかなぁ💭
そうでなくとも、個人の悩みと程度は多様だということが伝わったら、と思っています。

病気の受容は翻弄の連続

 

病気と共存することについて、難しさがあるよなぁと改めて考えることがありました。
わたしにとって「てんかん」を発症したのはずいぶん前のことなので、振り返ってみます。

 

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この前、父から
「もっと話したいけど話せない、自分の感情がわからない、相手がどう思っているか考えてしまう」と話しかけられました。

今まで書いてはいませんでしたが、わたしと父との関係は良いとは言えません。
訳あって父はここ最近ずっと家にいるのですが、話という話をしたことがないため、話しかけられたこと自体に 動揺 というか、言葉が悪いですが 不快感さえ覚えてしまいました。
とはいえ、こんな話を振ってきたのは初めてだったし、同じような気持ちを抱いたことがあるので、無視もできませんでした。

 


 

父が今ずっと家にいるのは、大ケガをしてしばらく働けなくなったから。
一方わたしは中学生のときに、てんかんが発覚したことにより勉強と部活に追われる中、それどころじゃなくなったという状況を経験しており、今の父の状況と重なる気がしました。

わたしの症状についての記事はこちら

脳動静脈奇形とは【自己解釈】 - cotton の 目

わたしは、脳動静脈奇形がありました。あまり聞き慣れない病名です。 わたしなりの解釈を紹介しているので、参考程度に覗いてみてください。

てんかん発覚当時のわたしは、部活を制限せざるを得なくなり、どうしたらよいかわからなくなっていました。
たぶん今の父もそのような気持ちなんだと思います。

余談ですが、父は仕事以外やりたいこともわからず、趣味も一切ないという人。
だからわたしも父に興味を持てないし、できるだけ関わりたくない…
そんな人からもっと話したいと言われるのは複雑でした。
ただ、同じような苦難を経験する家族として見守ることはしたいと思います。

前置きはこのくらいにして、病気(障害やケガ)との共存に慣れるまでの葛藤、つまりわたしのてんかんとの付き合い方の苦労を思い出して綴ってみます。

 


 

わたしの場合は病気の発覚時は意識を失っていたので、ぼんやりとしかわかりません。
周りは大騒ぎ・大心配しているのに、自分はよくわからずちょっと頭が痛いだけ。
だから最初は病気を受容できるはずもありませんでした。

薬で発作をコントロールできるようになってくれば、意識を失うギリギリを彷徨うようになります。
そうなって初めて、おかしいと自覚できるようになりました。
この瞬間が一番怖い。

でも、この頃には周りは発作に若干慣れます。
しかも症状が軽くなっているように見えるので、周囲の心配度は低くなる。
自分の恐怖はMAXなのに。

このギャップが、てんかんの特徴じゃないかなぁ。
わたしにはわたしの症状しかわからないので言い切れないけど。

 


 

ここからが病気を受容するスタートだと思います。
発作を繰り返し経験することで、どのように対処できるか考えたり、薬を調整して負担を軽減する。
で、慣れていく。

病気の症状以外にも、人との付き合い方を一からやり直す感じになりました。
発作が起きて次に登校したとき、みんなが関わり方に困惑していることが、空気でわかります。
こっちもどう接したらいいのかわかんなくなる。
症状も辛いけど、それ以上にここの対処が精神的にきつかったかもしれない。

心配させてごめんね、気を遣わせて申し訳ないって常に思っていた気がします。

 


 

病気は受け止めていたつもりだけど、前と同じように過ごせないことを辛く感じたり、前の自分が本当の自分だと思っているのから今の自分って何なんだろう、と悩んだり。
そんな風に思っている間は、受容の中間地点なのかもしれない。

そこから、「病気があるのが自分だ」「病気含めて自分」みたいな感覚になるのが受容のゴール…?
わかんないけど。
今でもそれを行ったり来たりしています。

そして、「病気はアイデンティティではない」というような主張を聞くと、じゃあどうしたらいいんだ!とかき乱される。
…何が言いたいのかわからなくなってきたけど、とりあえず病気と付き合うのは難しいこと。

きまぐれ回|五輪って

今回はきまぐれ回です😅
(記事が投稿に間に合わないときやネタに困ったときに出現します)
淡々と思っていることを書くのでまとまりも起承転結もありません。

 

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五輪閉幕、成功したのか?
コロナウイルスの感染は広がり、自粛ムードも薄れているのに。
選手は確かに結果を残したのだろう。
多くの人の犠牲の上にあるかもしれないけれど。
とはいっても、選手が悪いわけではない。
五輪を批判する人は選手を快く思っていないなど、短絡的に考えないでもらいたい。
五輪開催の間、選手も含めて全ての人が生きるのに必死だったはず。
テレビではお祭り騒ぎを見せられる。
自分の生きる世界と違いすぎて、動揺したのはわたしだけではないだろう。
世界は五輪中心である訳では無いはずだ。
人権尊重が不可欠なのに、選手の人権とその他の人権を区別していたように感じた。

これまで五輪は単なるイベントだと思っていたが、これほどまでに商業的だったとは。
それに、日本政府の”軸”のなさ。情けない。
失望した、それに尽きる。

摂食障害の夏休み

 

今回は、「摂食障害の夏休み」について、わたしはどのような経験をしてきたか綴っていきます。
今まさに夏休み中の方は、どんな日々を過ごしていますか?
共感するところや、理解できないこともあるかと思いますが、ひとつの例としてお読みください。


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まずは箇条書きで、簡単にまとめてみます。
(わたしは大学既卒のため、過去の経験を振り返っています。また、わたしの経験は拒食症のみです。)

※ ↑ リンクをクリックすると、該当行まで移動します。

 

こんな感じです。本当に端的に書いているので、ひとつずつ説明しますね。

 


他者を怖がる

これについては正直、夏休み以外も常に、ですかね。。。
ただ、夏休み(お盆) や お正月 によくある 親戚の集まり が特に怖かったです。

なぜ怖いかというと、「元気?」という言葉を必ずといっていいほどよくかけられるから。

摂食障害に悩まされているときは、元気じゃないことがほとんどです。
たとえ気分が良くても体はボロボロなので、「元気だよ」と簡単に答えることができませんでした。
曖昧に頷くことしかできず、心が痛む場面です。

また、久しぶりに会う人ばかりなので、体型の変化を指摘されるのではないか、という不安もあります。
「何か言われたら何と返せばいいのだろう?病気だと打ち明ける必要もないし、変に心配もかけたくない。」
そう考えはじめると本当に気が重くなります。

さらに、(わたしの家の)集まりでは食事が伴います。
ゆっくりちょっとずつ、食べれるものだけ食べればいいと思っていたとしても、「全然箸進んでいないんじゃない?」「若いんだからもっと食べなよ」と言われることもしばしば。
これがかなり辛い😰
もしかすると、そこは聞き流せばいいと思われるかもしれませんが、精神的にも弱っていることが多いので、悪意がないと理解できる言葉に対しても、泣き出してしまいそうになることがありました。

こんな風に、全てが摂食障害と結びついていて、何も話せない、他者が怖いと思っていました。
(今も思わなくはないけど、真に受けすぎないように気をつけられるようになりました。)

他者を羨む

お次はこちら。夏休み中っていつも以上にSNSが盛り上がりませんか?💬
わたしはLINEのみの使用ですが、タイムラインやアイコンで同級生たちが青春を謳歌しているのを見ていました。
楽しそうだなぁ、いいなぁって。

わたしの性格上友人が多くないので、遊びに誘えるような子が少なかった、というのもあります。
でもそれだけではなく、摂食障害の影響がかなり大きかったです。

わたしは体力的な限界を感じて入院をした経験があります。その間学校には行けず、数少ない友人と疎遠になったということです。
その後もすぐに登校できた訳ではなく、自宅療養を経て1時間ずつ学校にいる時間を増やしました。
長い時間をかけ徐々に復帰していったのです。

ありがたいことに、ある友人は退院後も前と同じように付き合ってくれました。
だけどやっぱり失った時間は大きかったし、体調も万全にはならなかったので活発に遊ぶことはできませんでした。

この友人は わたしの食のペースにも合わせてくれる大変優しい子で、この子となら、と思い食事に行ったこともあります。
でも、こんな風に合わせてくれる、そのこと自体が申し訳なく感じてしまうので、純粋に楽しむことはできませんでした。

結局わたしができたことは、羨むことだけだったのです。

冷房との闘い

これは完全に夏特有🎐
よく言われていることなのでご存じの方も多いかと思いますが、摂食障害で筋肉・脂肪が落ちると、本当に寒いです。

つい最近まで、元々冷房が苦手だったから摂食障害の影響とは言えないのでは?と思っていました。
ところが、大分体が正常化してきた今、去年より冷房を脅威に感じなくなったのを実感しています。

高校生の夏(摂食障害の渦中)、わたしは冷房対策のため 冬用のブレザーを常に着ていました。
クラスの中で何人かはブレザーを着用する子はいましたが、着たり着なかったり、あくまでも調節のためだったと思うので、常に着ているわたしは異常でした。

さらに夏休みに入ると、冷房の設定温度は 家にこもるわたしに合わせてくれていたので、同居の家族はかなり暑そうでした。
もちろんわたしは長袖で。
それでもしょっちゅう風邪っぽくなったりして、冷房に悩まされていたのを覚えています。

ぼーっとする

最後はぼーっとする。
適当じゃないですよ。本当にぼーっとするしかなかったんです。

というのも、わたしは元々宿題なんかを完璧にやらないと気が済まない性格で、そのために「自分の好きなことをやる」ってことをしてこなかった節があります。
だから 好きなこと、やりたいことが何なのか、自分でわかっていません。

摂食障害の渦中は、勉強はいいから体を休めよう、という感じだったので、やることがなくなりました。
自分のやりたいことを見つけようと思っても、上手く頭が働かないし、考えるだけで疲れてしまいます。

家族がショッピングに誘ってくれたりしたこともありますが、家にいるだけで疲れている状態なので、外出すれば楽しむ余裕がないのは明らか。
外出はすごくしたかったけど、体力的に無理だと判断して泣く泣く断ることが多かったと思います。

かといって寝ることにしても、なんだか罪悪感を感じて全然休まりませんでした。
(何に対する罪悪感なのかは不明🙄)
あれこれ考えたり悩んだりするだけで、見た目はぼーっとするだけ。
そんな日々を送っていました。

 


 

これがわたしの「摂食障害の夏休み」の記憶です。
いかがでしたか?全然楽しくないんですよね…

もしかしたら、摂食障害をもつ本人以外に、そのご家族の立場から読んでくださった方がいるかもしれません。
その方に向けて、最後に伝えたいことを記しておきます。

この記事を読んで、
 親戚に会わせないようにしよう
 冷房の設定温度を上げよう
 外出には誘わないでおこう
とはしないでください。

なぜなら、全てわたしのことでしか・・ないから。
もし、本人を想ってくれたのなら、
 親戚に会う?
 冷房寒くない?
と、直接確認してみてください。
できない場合もあるかもしれないので無理はせずに。

ひとりひとりが自分のペースで過ごせることを願います。

わたしの手帳③「不承認」を受けて

 

前回、前々回 に引き続き、わたしが取得していた「精神障害者保健福祉手帳」についての進展を綴ります。
今回でこのシリーズを一旦終了としますので、シリーズのまとめも含めています。

手帳シリーズの記事はこちら

わたしの手帳① 就職活動 - cotton の 目

先日、出身大学の先生から連絡がありました。 今年度のゼミ生の卒業論文インタビューを受けてくれないか、とのこと。 わたしの考えをある程度まとめるために、この場を使って「障害者手帳」について考えてみることにします。

 

わたしの手帳② 無能感の実感 と 諦め - cotton の 目

前回に続いて、障害者手帳シリーズです。 今回は、手帳に批判的だったわたしが、取ろうかな…と考えを改めたきっかけについて書いていきます。

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【最近の疑問】オリンピックで得るものはあるのか?
さて、前回の記事で述べていた「進展」とは、初めて 障害者手帳の更新手続き をしたことです。
わたしが所持した「精神障害者保健福祉手帳(以下 手帳)は2年間有効で、以降2年ごとに更新しなければなりません。
(手帳制度の実施主体は自治体であるため、各自治体により運営方法が異なる場合があります。)

つい先日 期限である2年を経過するところでしたので、
 ▶申請用紙をプリントアウトし記入
 ▶主治医に診断書の記入を依頼
という手続きをして保健所に書類を提出しました。

特に問題なく更新される…と思いきや、「不承認」とのお知らせが届きました。
正直、驚きと不安で 数日間は誰に向いているかわからない怒りを抱えました。

 


 
なぜ驚いたか、それは更新時に不承認になることがあるなんて知らなかったからです。

わたしが初めて手帳を申請したときは、診断書に「日常生活に支障がない」と書いていたので、これでは通らないだろう とは思いつつ、試してみようという気持ちでした。

それが通ってしまったときにも驚きを覚えましたが、状態が変わっていないにも関わらず更新時には通らない。その基準のあやふやさにびっくりしました。

実は、状態が改善し自分の不安感もなくなれば手帳の期限を迎えたときに更新しないでおこう、という考えを持っていました。
大学のキャリア指導員 や ハローワークの障害担当の方 にその意思を話すと、かなり驚かれたので、あえてそんなことをする人は少ないんだろうと思います。

それを考えると、一度手帳を取得できれば改善しないかぎり所持できるのだと考えるのは当然だと思うのです。

 


 

ここまでお読み頂いた方の中で、「日常生活に支障がない」なら手帳はいらないだろう、不正ではないか、と感じた方がいらっしゃるかもしれません。

確かに支障はないのですが、確実な服薬や、毎日の規則正しい生活、十分な睡眠を実行することによって支障なく生活できているのであり、制約がないわけではありません。

それに手帳は、「わたしの手帳/」でも明らかにしているとおり、病気をオープンにして仕事を探すにはほぼ必須になっているアイテムであり、無いとなると社会・・生活に支障がある」のです。

 


 

わたしは手帳がなくても個別に配慮しあえる社会を望みます。
いわゆる「障害者枠」は 雇用する側に義務づけられているもので、「障害者手帳」を所持している方が対象となります。

参考「障害者枠」の基本的な説明が載っています。

障害者手帳を持っている人のはたらき方-「障害者採用枠」と「一般採用枠」のメリット・デメリットとは?

障害のある方が就職・転職する場合、「障害者採用枠」と「一般採用枠」という2つの選択肢があります。今回の記事では、障害者手帳の基礎知識や2つの採用枠のメリット・デメリット、障害をオープンにしてはたらくことについて紹介しています。

民間企業であれば、一定の労働者(2021/7 現在 23.5人以上)を有する場合に、障害者を雇用しなければならない。
きっと、将来このような枠を設けずとも 障害を持ちながら働ける環境にする、そんな目標に向けての過渡期なんだとは思いたいのですが、今困っているひとりとして疑問を持たずにはいられません。

わたしの立場としては、手帳を失ってはいるものの 障害(持病) があり余裕のある働き方をしたいと思っています。
でも 持病というのは建前で、きっと病気が良くなってもフルタイム(8時間/日)で働きたいと思うことはないと思います。
それほど時間と精神を費やしてしまうと、自分を見失いそうだから。

まぁ 簡単に言ってしまえば、”ワークライフバランス” でいえば 絶対的な ”ライフ” 重視タイプだということです。
障害の有無に関わらず その人の望む”ワークライフバランス”で働く、そんな環境整備を障害者手帳に頼った形でいいのでしょうか?

モヤモヤが残る経験となりました。