cotton の 目

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当たり障りのない性格のわたしが、密かに持っている視点を綴ります。

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糸が切れた

 

書こう書こうと思いつつ、
なかなか気が乗らなかったことをやっと書きます。

 

 

かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。
まとまらない視点・思考をブログで放出中。

 

実はここ2か月くらいで、生活が一変しています。

わたしの日常といえば
▶朝早めに仕事へ行き、
▶予定を先取りしながらどんどん仕事を終わらせ、
▶もれなく定時に帰り、
▶お風呂に入って寝る。
という規則正しいルーティン。

仕事の年間スケジュールもしっかり把握できるようになり、
ルーティンがよりスムーズに回って、もっと良い仕事になるようにあれやこれや

代わり映えはないけれど、
工夫したり考えたり勉強したりするのがとても楽しい。

 


 

わたしの仕事はサービス業の会社での
チラシ制作、SNS運用、その他事務いろいろで、
裏方事務全般を担う業務です。

ここに行き着くまで結構試行錯誤して、
会社も仕事も大嫌い、から
会社は嫌いだけど仕事は好き、と言えるようになりました。

自分でコツコツと作りあげてきたものに誇りを持って、
もっと頑張ろうと思っていました。

 


 

そこから一転。
プツっと糸が切れたようにやる気を失って、すでに退職が決まっています。

こんなことになるなんて。

やる気が右肩上がりで最高潮になっていたはずだったので
退職は思ってもみなかったことだったけど、これでいいと今は思ってる。

 


 

業務についてより良くしようと提案したのは、2026年4月下旬。

SNS運用の中で、企業イメージを落としかねない状況を発見したため
修正と再発防止を試みるためでした。

SNS運用を行うのはわたし以外にもメンバーはいましたが、
中心となって管理・投稿しているのはわたしで、
責任を持って運用を続けるには不可欠でした。

しかし修正は受け入れられたものの、再発防止策は講じられず、
わたしの提案は完璧主義過ぎると却下。

完璧主義で何が悪い。

必要な努力をしない会社にもイラつきましたが、
これは別にやめるきっかけではないんです。

 


 

SNS運用メンバーのひとりが、わたしが提案にいったことを知っていて、気にかけてくれました。

少し話して
あぁ、違和感持ってるのはわたしだけじゃないんだ
わたしの感覚も間違ってないんだと励まされた。
まぁ頑張ろうと思った。

…のも束の間、
その子が、SNS運用のLINEグループがあること、投稿の情報共有などはそこで行っていることを教えてくれました。

え……?

知らなかった。それを聞くまで。

一度はLINEグループに入っていたものの、休日まで連絡が来てしまうことを解消するため、グループは使わなくなったと説明されていました。

情報共有は上司を通す方法に変更されて、
口頭または個人LINEで行うことになっていたはず。

実は違ったんですね。
口うるさいわたしは省かれて、その他のメンバーだけで新たなLINEグループが作られていたらしい。

 


 

うわ、この会社やばい
都合悪いと力業で省くんだ、最悪。
とは思った。

ちょっとやる気はなくした。
理解しあったり歩み寄ったりできる範囲ではないなと。

でもまだ糸は切れてなかった。

 


 

決定的になったのは、
わたしが上司にLINEグループを外された理由を聞いた返信。

LINEグループを抜けてもらった理由
①社員じゃない
直接質問をするのはアルバイトの範囲を越えている
②チームと内容が違う
これまでの投稿はあなたが、チームはこれまでとは違う投稿をする
SNSでも部署が違うので干渉すると仕事が進まない
あなたがグループで質問をすると他のメンバーのモチベを下げる


どういうことなんでしょうね。
アルバイトに社員以上の仕事を任せてきているのはそっちでしょう。

実際はこの6倍くらいの長文が来て、
わたしがいかに邪魔であるかが書かれていました。

邪魔だと感じたのは、きっとわたしの質問や意見が的を得ていたから。

こんなに頑張っているのに。
会社のことを考えているのに。
いや、考えすぎていたから。

ここで初めて、
もう無理だと思いました。

わたしは積極的に会社をよくしようと動くことにやりがいを感じていて、
会社はわたしに何も考えず言われたことだけをやっと欲しいと思っている。

落しどころがどこにもないから。

もう、ここで頑張る意味がなくなりました。

 


 

2026年4月末。
やめることを決意して、2日くらいで引き継ぎを一気にまとめました。

あの長文を送ってきた上司に辞めると伝えたとき、
驚いていたのは謎だった。
邪魔だといって追い込んだのはお前だろう。

前々から気付いてはいたけど、
自分の発言がどう伝わるかなんて考えていないんだと思った。

ふぅ、呆れた。

ちなみに自分で言うのもなんだけど
このとき作った引き継ぎがかなりよくできていて、
ほとんど手を加えるところもなく引き継ぐことができました。

あの、
もう無理、辞める!絶対辞める!
という衝動と覚悟がすごすぎたんだなと思う。

何度も辞めようとしたことはあったけれど
ここまでの決断の速さは最速で、なんの後悔も未練もないのも初めてだった。

 


 

ということで
いまは無事出勤を終え、有休消化中に書いているのでした。

次の仕事も決まっていなくて不安はいくらでもありますが、後悔はしていません。
あの会社から離れられて、とても良い転機です。

また糸を紡いでいけるような、
ここに居たいと思えるような仕事に出会えるようにのんびり頑張ろうと思います。

レディースデーとはなんぞや

 

ここしばらく「レディースデー」と戦っていました。

 

 

かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。
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というのも、職場でお客さん向けに
「レディースデー」なる取り組みを新設するという、時代に逆行した流れがあったのです。

なぜ今レディースデー????

わたしは反対。
レディースデーそのものというよりも、
・見た目で性別を判断すること
・性別で分けなければならない必要性がないこと
・ジェンダーの固定観念に基づいた取り組みにどうしても気持ち悪さがあること
という点で。

会社の上層部の判断ですが、どうしても賛同できず反対意見を言い続けました。
今も自分が苦しくならない程度には意見を言い続けています。

 


 

これを見てくれる方は、
レディースデーについてどう思うでしょうか。

ピクシブ百科事典によると、

女性に対して割引して安くするなどの優遇を図る日のことである。
日時は設けないが、女性のみ安くなるレディースプランも便宜上ここに含む。
レディースデー(プラン)は「女性の方が給与が安い(専業主婦やパートが多い)」や「女性はお友達や男性を伴ってやって来ることが多い(集客が見込める)」と言う意図があって始まった。
しかし最近は男女の所得差が縮まったことや男性差別に当たるのではないかとの考えから減りつつある。

とのこと。

わたしの会社も集客や財布を握ることが多いからなどの理由を挙げていましたが、
結果レディースデーで客が増えても、正しいこととは思えない気持ち悪さがあります。

これってわたしがセクマイだからなんですかね。

漠然とした拒否感じゃなくて、
明確に気持ち悪いと感じてしまいます。

こんこんと説明してきたにも関わらず、これほどまで嫌な気持ちは理解してもらえていない気がします。

 


 

わたしの意見に対して上司も「マイノリティの意見」と捉えられていますが、そういうことじゃない。

「女性」の優遇で、マジョリティであるはずの「男性」も気分を害するでしょう。

優遇される「女性」だって、必要以上のサービスに戸惑っている姿を見ています。
(その反応を、喜んでもらえている!と上司らは思っているようですが。とことんズレている。)

そもそも曖昧な「性別」というもので分けることが妥当ではありません。
でもセクマイやアライでなければ、曖昧だなんて思ってもみないことで、むしろわかりやすいものなんだろうと思うと、本当に呆れます。

わたしたちは「女性」にサービスしたいのではなくて
「お客様」を大事にするはずなのに。

 


 

反対意見の他に代案もいくつか出しているものの、変わる気配はありません。

ビジネスとして、戦略として。
性別でのサービス格差や、どこにも属せないセクマイが切り捨てられることは、仕方のないことなのでしょうか。

2025買ってよかったもの

 

今さらながら、昨年買って良かったものを書き留めてみます。

 

 

かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。
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買ってよかったもの \\ Best5 //

Visee グロッシーリッチアイズBR-5

まずは昨年買って1番気に入っているコスメ。
どの色も絶妙で、ラメ感も上品で綺麗。
仕事でもプライベートでも間違いないので、頼れます。

フレアパンツ

これはヨガをするとき用に買ったパンツですが、形が綺麗で既にリピートを考えているアイテム。
共感は得られないかもしれないけど、細い足首のせいでふくらはぎが太く見えるのがコンプレックスなわたしには、がっつり刺さって毎日のように履いています。

AOHi 急速充電器

こちらはずっと悩んでいた「スマホの充電長過ぎ問題」を解決してくれた救世主。
色々ある充電器の中で、コンパクトで可愛い色が他にはなく、とってもお気に入りになりました。
こんなにストレス減るなんて、もっと早く買えば良かった。

スノーブーツ

わたしの大の苦手な季節、冬の怖さを和らげるために購入したこちら。最高。
冬は長靴から染みたり上から入ってくる冷たい水、ゴムを通じて感じる雪の冷たさに耐える日々でしたが、これで解決されました。
重たさは覚悟しなければいけませんが、底冷えせず暖かくて本当におすすめ。

Fleep カップ付きタンクトップ

ブラトップの楽さがわからなかったわたしでも虜になったアイテム。
高価なので何枚も買えませんが、ナイトブラ的に使っています。締め付けたくないけど包まれている感じがとても安心する感じです。

使ってよかったもの \\ Best3 //

ALBO

手帳に写真を貼りたいけど面倒くさい…と何年も寝かせていたことがお手軽にできてしまったサービス。
毎月1枚、送料分の料金でシールが作れちゃいます!
思い出や見たドラマのシールを作ったら、振り返るのがワクワクする手帳になりました。

ChatGPT

AIって怖いしやめとこう…と手を出していなかったのですが、いざ使ってみるととても便利。
おかげで自分の性格を客観視できたり、なかなか聞けない「普通の(アセクシュアルじゃない)恋愛観」を聞けたり、興味深いことが知れました。

レピモ(Repimo)

レシピサイトからデータを引っ張って、自分のレシピ帳が作れるアプリ。
以前紙でのレシピ帳作成を試みたことはありますが、面倒くさくなってやめてしまったままレパートリーが増えていませんでした。
このアプリでは自分用に編集もできて、[今のところ]続けられそうです。笑

 


 

社会人になってしばらく。
前よりも買い物上手になったような、快適に暮らせるようになったような気がしています。
今年もより快適に暮らせますように。

継続は力なり|それしかできない

 

わたしの強みはコツコツと継続すること。
ただそれだけって強みなのかはわからない。

 

 

かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。
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昔からわたしは目立たない子で
自ら目立たないように気配を消していたし、とにかく目を付けられるのが怖かった。

でも逆に目立つ子が褒められるところを見て、妬んでもいる子どもでした。

性格上派手に目立つことはできないし、できるとしたら悪目立ちすること。
そのイメージは嫌で、悪目立ちしないことを常に考えて生きるような感じだったと思います。

その結果身についたのは「継続する力」。
変化すると目立つからね。

それって結構褒められることで、
習い事も含めて「長く続けてすごいね!」と言われることがよくありました。

変化を恐れてきただけなのに。

 


 

わたしは今勤務先のSNSを担当していて、毎週投稿を続けています。

ひとりでコツコツやっているだけだから社内でも誰も気にしない仕事ですが、先日外部の方にそれを褒められました。
継続することは一番難しいことだからって。

わたしは継続が得意だからあまりわからなかったけど、多分本当にすごいことなんでしょうね。

思い返せば
毎月の仕事が毎月遅れる人がたくさんいるし、
誰にも言われなかったらやらないという人もいる。

わたしにとっては「なんで?」って感じだけど、続けられる人ってそんなに多くないのかもしれない。

 


 

先日、10年近く使ってきたスマホアプリがサービス終了することが発表されました…

それを愚痴として話したら、「なくなることのショック」のほうではなくて、「10年も使ってた」ということに驚かれた。

コツコツ記録をつけて楽しむタイプのアプリ。
多分このアプリユーザーは継続が得意な仲間で、ショックさも十分共有できるだろうと思うと、なくなるのが益々惜しいです。

優しい人になる方法

 

最近ふと思った「優しい人とは」。
どうしたらなれるのか、未だにわかりません。

 

 

かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。
まとまらない視点・思考をブログで放出中。

 

自分を大事にしようと意識し始めてから早10年。

思考が身についてきて、
意見を自分の中で押し殺したり、人の顔色を過度に気にしないようになりました。

そのおかげで今はとても息がしやすく、
幸せを感じる日々が続いています。

 


 

ただ、「自分の意見」を尊重するあまり、人と衝突することも多々。

特に仕事では
意見も言うが、力関係には勝てずに何も変わらない状態が続いており、社会の一員としての無力さに落ち込んでいます。

個人の視点と、会社の視点(ビジネス)は違うのが当たり前だし、動かせるものではないのかもしれないけど、
時間をかけて大事にしてきたものを軽視されるような場面に耐えられないんですよね。

立ち向かう大きな力関係(上司や社長)に意見する気負いも含めて、どうしても語気が強くなってしまいます。

 


 

でもそれって果たして自分がなりたい姿だっただろうかと思い、どうしたら良いのかわからなくなってしまいました。

わたしは優しい人でありたかったし、
自分を押し殺していた10年前のほうがよっぽど「優しい」と言われていたと思います。

だけど前には戻りたくない。
あれは地獄だったと今は思うから。

となると今の自分に足りないのは、落ち着いて言葉を選ぶことなんじゃないかと、それぐらいしかできないんじゃないかと思っています。

それを優しいとは言えるかどうかわからないけど…

それにしても今は余裕がなさ過ぎるので、
「余裕がないと優しい人にはなれない」ということだけは、今のところわかっている事実です。笑

脱毛から意識し始めた「女の子らしさ 」

 

脱毛が気になり始めたときのことを記します。

 

 

 

かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。
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今や老若男女関係のない話題となっている「脱毛」。

わたしが中学生くらいまでは無縁というか、
気に留めなかったことのひとつ。
それがいつの間にやら、とても意識していました。

人生で数えるくらいしかないおねだりとして、
母に家庭用脱毛器をお願いしたのです。

 


 

おそらく中学校に入ったくらいで、
人から体毛を指摘されたことがあります。

今考えると大して目立ったものではありませんでした。
腕のふわふわした産毛がきれいな毛並みだっただけ。

でも「男子みたい」と言った同級生の顔が明らかに引いていて、グサリと刺さってわたしを苦しめたのは間違いなく、「女の子らしくならなきゃ」という意識が芽生えました。

小学生時代は「意外と怖いキャラ」というイメージがついていて
それを密かに気に入っていたわたしのアイデンティティがバラバラと崩れた瞬間でした。

 


 

それからは身長が伸びなかったこともあって、
完全に「女の子らしい」にシフト。

家庭用脱毛器を手に入れたときは、とてもほっとしました。
これで体毛を見られる心配をしなくて済むんだ、ちゃんと女の子っぽいことしてる!と。

もちろんすぐに体毛が生えなくなるわけではありませんでしたが、
効果を信じるほかなく、律儀に脱毛して今ではほとんど気にならないほどになりました。

それはある種の安心ではあったけれど、
人の目に怯えて行動したことでした。

 


 

だから「女の子らしさ」に囚われてしまったことは摂食障害のきっかけのひとつでもあるんじゃないかと、大人になった今は振り返っています。

人の目を過剰に意識すると
自分の体を採点するようになってしまうと思うから。

当時自分を採点していたつもりはないけれど、鏡やガラス越しに見える自分のシルエットを、無意識に目で追っていたのはよく覚えています。
その度に自分を責めていたら、心が壊れてしまうのも無理はないですよね。

 


 

今も鏡があれば見てしまうけど、ほとんど感情は動きません。
身体に対しての採点の呪いが解けたんだと思います。

今ただ中に居る方には、呪いはあなたのせいじゃないと伝えたい。
いつ解けるかもわからないしむしろそれくらいしか伝えられないのだけど、解けた人は居ます。

自分の身体を変えたいと思うことは悪いことではない。
でも、変えてあなたが楽になるのか、
誰かに思わされているだけなのか、一度立ち止まって考えてみても良いかもしれません。

恋愛の始まりと終わり

 

恋愛が苦手なわたしですが、唯一正面から向き合えたと感じている恋愛が終わりました。

 

 

かいているひと:cotton
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このブログでこの恋についてはうっすら書いているのですが、
アセクシュアルを自認しているわたしにとって、「付き合う」と「友達」の違いがとても難しい問題です。

「付き合う」前も「友達に戻る」を選択した後も、パッと見関係性に違いはなくて、
・堂々と隣に居る権利があるかどうか
・相手も想ってくれているであろう前提で「好き」と伝えることができるかどうか
・今後も一緒に居る前提で話ができるかどうか
そんな違いしかなくて、でもその違いは大きいんだなと実感しています。

 


 

わたしが「友達に戻る」と表現したのは 繋がりを消したくないという希望があるからですが、しばらくして毎週会うことはなくなると、「お別れした」とすんなり言えるようになりました。

これに自分自身驚いています。
あんなに言葉を慎重に選んでいたのに、すっきりしていて。
わたしの恋は単純接触効果だけだったんでしょうかね…

ただお相手が、頻度は減ったといえど相変わらず遊んでくれていることも大きいと思います。
今後も会えるなら付き合っていても付き合っていなくてもわたしにとって大事な人であることは変わらなくて、それで十分な気もするのです。

 


 

その一方で、
将来を考えてとてつもない不安に襲われることは多いです。


付き合って一緒に居さえすれば、生活を助け合えます。
例えわかり合えないことがあったとしても生活はできる安心感。
心配性のわたしにその安定感は喉から手が出るほど欲しいもの。

それにもし向こうに新しいパートナーや家族ができたら、会えるなら…と思っていた部分はなくなって、繋がりさえなくなってしまうかもしれない。
それを思うととても揺れてしまいます。

 


 

だけど、一緒に居てまた別の不安に押しつぶされるなら…
本当にわたしの/彼のしたい生活が待っている気がしないなら、付き合わない方がいい。

最近はそうやって
自分を説得したり揺られたりしています。
こんなことになるから、別れたら会わない、って言う人が多いんでしょうか。

思えば恋愛って両者同時に好意を持つことなんてなくて、片方から始まりますよね。
終わりもまた片方から。
おそらく終わらせるのは自分側だとわかっていて、
「お別れ」として終わらせたつもりが、また始まってしまいそうでもがいています。

わたしはひとりで生きていけるのかな。