cotton の 目

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当たり障りのない性格のわたしが、密かに持っている視点を綴ります。

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敵わない怖さ

 

人付き合いにあたって、しょちゅう感じる怖さについて書いてみます。

 

 

かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。
まとまらない視点・思考をブログで放出中。

 

前提として、わたしは自他共に認める小柄です。

学生時代は背の順で1番か2番だったし、
大人になってからも子供服の150cm160cmを愛用しています。

そんなわたしは、人付き合いに関して怖さを抱えていると感じています。
身体の大きさも含め力も大体の相手に敵わないから。

 


 

たぶんそれは幼い頃から抱えてきたものなので、
ほとんど負担には感じないし、自然と敵わない前提の言動をしています。

相手もわたしを可愛がってくれることが多いので
立場的に「受け身」が通常。

攻撃されないよう、更に可愛がってもらえるように振る舞うこともある。

それを考えると、
わたしは生きる術として可愛くなりたいのか
可愛い人になりたくて可愛くなりたいのか、
自分でもわからない。

 


 

人見知りもこの「怖さ」と関係はしているだろうと思います。

性格ももちろんあるけれど、
自分にとって危険は人ではないか、攻撃される可能性はないか、観察してからでないと話せないのは怖いからなんですよね。

小さくて可愛いなんて言われるけど、
背負う苦労は大きいよ…

告白経験

 

Ace自認のわたしも、かつては告白したことがあります。

 

 

かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。
まとまらない視点・思考をブログで放出中。

 

今では「アセクシュアル」にほとんど疑問を持たず、すっかり恋愛に希望を見いだせなくなっているわたしですが、
昔は好意を相手に伝えようと頑張っていた時期もありました。

中学3年~高校2年くらいですかね。
同じ相手に何度も告白するという暴挙で、思い出すと本当に恥ずかしくなる思い出です。

 


 

当時は自覚していなかったけど、そのころから完全にアセクシュアルでした。

付き合いたい(触れ合いたい)思いはあまりなく、とにかく好きだと言うことを伝えたいし相手も同じくらい好きになって欲しい(お近づきになりたい)という一心。

小学生みたい、と思われるかもしれないけど、今でも恋愛観についてはそう変わっていません。
「好き」だけで隣に居られたら良いのに。

 


 

わたしの告白攻撃を受けた相手は、同じ数だけ「ありがとう」と言ってくれました。

純粋な「好き」を伝えることが告白の唯一の望みだったので、どうしても「付き合って」は言えなかった。
相手にとっては謎の体験だっただろうと申し訳なく思っています。

一度ではなく複数回告白したのは、
おそらくわたしの気持ちが伝わっていないと感じたから。

当時のわたしには語彙が足りなくて、
「性愛感情はない」「側にいたいだけ」「あなたをもっと知りたい」という気持ちは何度告白しても当然ながら伝わらず、穏やかに熱は冷めました。

 


 

それだけ熱心に気持ちを伝えようとした経験があることも、「アセクシュアル」自認のきっかけの1つです。

「アロマンティック」の気持ちもわからないではないけれど、あれだけ好きだった過去は消せないという思いから、「ロマンティックアセクシュアル」に落ち着いたのです。

 


 

ちなみにその懐かしい恋愛の時期が、摂食障害で苦しんだ時期とぴったり重なるのは偶然ではないとも思っています。

栄養不足が原因で精神的に不安定になり、誰かに寄りかかりたかった時期です。

わたしはその恋愛が叶うことはありませんでしたが、ご縁があれば恋愛にも心乱される日々になっていたでしょう…。

 


 

摂食障害経験者の話で恋愛の話を聞くのはよくあることのような気がします。

摂食障害でボロボロになったわたしからすれば、
恋愛にまで心配れる気力があるなんて何事?と驚くばかりなのですが、孤独で誰かに好かれたい思いはとてもよくわかるのです。

・パートナーが献身的にサポートしてくれる場合
・恋愛感情と鬱で束縛が酷くなる場合
・恋愛と現実とのギャップに疲れ果てる場合
…など様々で、恋愛と闘病との両立は簡単ではないと勝手に思っていて、
そういう意味ではあの恋は叶わなくて本当に良かったと思っているんですけどね。笑

 


 

ということで、
過去の恋愛に関する恥ずかしい話を成仏させてみました。

当時わたしの「小学生のような純粋さ」は周囲にもバレていて、陰でピュアピュアと呼ばれる始末でした。

ある程度自分の恋愛観を口で説明できるようになってからは、自分から告白なんて二度とできない経験です。

良い経験をしたと思っておこうと思います。。。

わたしのベストコスメ

 

これさえあれば満足なコスメの覚え書きです。

 

 

かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。
まとまらない視点・思考をブログで放出中。

 

メイクが好きなわたしですが、
社会人5年目にしてやっと満足のいくフルメイクコスメを揃えることができました。笑

今までは研究中という感じで 色々と試しては買い換え、それも楽しんでたけど、外れのないお気に入りを見つけられたときは格別に嬉しいです。

そして最近、
「プチプラで良い物を探すのが好き」と言ったときに、デパコス好きに若干見下されるような反応をされ…

プチプラも良い!と紹介したくなったので笑

 


 

ファンデーションは使わないので、
日焼け止め/下地/コンシーラー/パウダー/アイブロウ/マスカラ/アイシャドウ/チーク/ハイライト/リップ
を紹介します~~

  1. 日焼け止め

    キャンメイク/マーメイドスキンジェルUV/770円

    マーメイドスキンジェルUV

    国内最強レベルのUVカット効果で紫外線から肌を守ります。肌にのばすとパシャッとはじける水感ジェルでみずみずしく軽い仕上がり。顔だけでなく全身にも使えます。 洗顔後、これ1本でスキンケア・保湿下地・UVカット下地としてご使用いただけます。

    01の透明を愛用中。
    とっても伸びが良くて日焼け止め感がなく乾燥もしない。1,000円を大幅に切るコスパ最強。

  2. 下地
    チャコット/ラスティングベース/1,760円

    ラスティングベース

    すばやく角質層に浸透。1本でふっくらとハリのある肌に整え、肌コンディションを底上げするベースは、光を味方につけたソフトフォーカス機能と高いカバー力でメイクくずれも防ぐ機能的な実力派。また紫外線吸収剤不使用、ノンケミカル処方のSPF50+/PA+++。ナチュラルに仕上げたい気分のときにも役立ちます。

    しっかりカバー力もある下地。
    固めのクリームなので好き嫌いはあると思うけど、ファンデいらずの一本で済むのが手軽で崩れにくい!

  3. コンシーラー
    ファシオ/ウルトラカバー コンシーラー WP/1,100円

    ウルトラカバー コンシーラー WP

    肌ネガティブを隠して、ゼロへ。 シミや色ムラなど、気になる肌悩みをウルトラカバー! ブランド史上最高のカバー力を誇るクリームコンシーラー。

    ポットタイプのクリーミーなコンシーラー。
    シミを完全に消せるわけではないけれど、広い範囲にあるそばかすを自然に薄く見せることができて、何より乾燥しにくい!

  4. パウダー
    セザンヌ/UVシルクカバーパウダー/748円

    UVシルクカバーパウダー

    SPF値の高いおしろいで、お肌を紫外線からしっかり守ります。 ソフトフォーカス効果の高いふんわりカバーパウダーが毛穴もしっかりカバー。 厚塗り感のない、なめらかなセミマット肌に仕上がります。 クレンジング不要で、洗顔料で落とせます。(単品使用の場合)

    ほぼパウダーファンデ並みのカバー力。
    ちょっとそこまでならこれとアイブロウで出かけちゃう。
    マシュマロ…よりもしっとりしているのがお気に入り。

    チャコット/フィニッシングパウダー/1,320円

    フィニッシングパウダー

    「汗に強い」「くずれにくい」過酷なステージでパフォーマンスを発揮してきた機能性パウダー

    下地と同じブランド。クリアマットを愛用中。
    大容量のわりに安くてコスパ
    きめ細かい粒子でスベスベになるのが病みつき。

  5. アイブロウ
    セザンヌ/超細芯アイブロウ/550円

    超細芯アイブロウ

    眉毛1本1本を描きやすく、眉尻も繊細に描ける芯の細さ。力を入れなくてもしっかり描ける美発色タイプ。

    大人気のアイブロウ。柔らかい焦げ茶の08愛用中。
    細すぎて眉毛全体をこれだけで仕上げるのは時間がかかるけど、毛のない部分や眉尻を整えるのには必需品。涙袋の影も書いちゃう。
    パウダーは特にこだわりがないので割愛。

  6. マスカラ
    キングダム/束感カールマスカラ/1,760円

    束感カールマスカラ

    これ1本でアイドル級! ピンセットいらずで簡単に束感まつげが作れるコームマスカラ。 目力がありながら抜け感もある仕上がりに。 カールキープワックス配合で長時間まつげ上向き。

    譲れないカールキープが最強。
    わたしのメイクはこれがないと完成しない!
    一番廃盤を恐れているコスメ。

  7. アイシャドウ
    ヴィセ/グロッシーリッチ アイズ N/1,320円

    グロッシーリッチ アイズ N

    内側から輝くような上質なツヤめきとクリアな発色がとけこみ、うるっとした魅力的な目もとを演出するアイカラー

    派手にはならず、地味でもない絶妙なブラウンメイクが出来るBR-5を愛用。
    特に左上のカラーが涙袋にぴったりで、ぷっくりうるっとした目元に!

  8. チーク
    セザンヌ/チークブラッシュ/550円

    チークブラッシュ

    密着性が高く頬に馴染み、まるで肌の内側からにじみ出るような自然な血色感を演出します。 アイシャドウとしてもお使いいただけます。

    自然な血色感の03を愛用中。
    不自然に光るのが嫌なので、完全マットな柔らかさが使いやすい!
    どんなメイクでも使えるのが便利。

  9. ハイライト
    キャンメイク/ハイライター/605円

    ハイライター

    【華やか発光タイプ】と【ナチュラルタイプ】と2パターンから仕上がりを選べるハイライト

    キラキラしないナチュラルタイプのN01を愛用。
    鼻を自然に高く見せてくれるので必須。パール感だけなので不自然さを気にせず使える。

  10. リップ
    エトヴォス/ミネラルシアールージュ/3,520円

    ミネラルシアールージュ

    繊細なくちびるを悩ませる「くすみ」を徹底研究 天然着色料で叶えた、表情に溶け込む、2タイプのシアー発色

    唯一プチプラではない…
    唇よわよわ民で、薬用リップさえも合うものが少ないわたしでも使える!
    飲食では落ちやすいものの、きれいに発色して顔色が明るくなるのでおすすめ。

 


 

どれも大好きな物ばかりで、まとめられて嬉しい!笑
ほとんどがプチプラだけど、フルメイク分集めると14,000円…

でもデパコスだとコスメ2つ分くらいですよね~

節約しながらもこれからもメイク楽しんできます!!

わたしの感覚

 

「安心」が欲しい

 

 

かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。
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わたしはアセクシュアルを自認しているが、
正直「性欲がある状態」はわかる。

わたしの中にも、周りの人にも存在していることが確かにわかる。

だけど「好きな人」と結びつかない、というのがわたしの感覚。
(もちろん好きじゃない人にも結びつかない)

おそらく「好きな人」、
特に恋愛感情を抱いた人には性欲も抱くのが普通で、
一体だと思っている人が多いのも理解しているけど、
わたしは違う。

わたしは「好きな人」とは平穏ななんてことない日常を共にしたいと思うし、それ以上がない。
ドキドキもいらないし駆け引きもいらない。

じゃあ友達と何が違うのか、
という疑問は自分でもずっと持ち続けていて、違いを説明できないけど「LOVE」と「LIKE」には違いはあると思っている。

結婚または事実婚状態になるとすれば、
相手に抱く感情は「LOVE」でも「LIKE」でもどっちでも良い。

必要なのは信頼関係とお互いを大事にできるかどうかな気がする。
それをずっと続けていけるかどうか。
「ずっと」を信じて安心できるかどうか。

「LOVE」にしても「LIKE」にしても、
好きじゃない人とは一緒にいられない感覚もある。
それはそうか。

 


 

わたしはこうだけど、
相手と合致する難しさも感じている。

安心できる相手が性欲を向けてきたら?
LIKEじゃなくてLOVEが欲しいと言ってきたら?

それはもう安心じゃなくなって、無理なのかもしれない。
無理じゃないと思いたいし、何があっても安心は揺るがない関係もあるんじゃないかと思いたいけど、わからない。

わたしはどうしてこうなんだろう。

枠に当てはまっていたい

 

枠に意図的に収まるように頑張っていないか、
時々どうしたら良いか、わからなくなります。

 

 

かいているひと:cotton
マイペース主義の慎重派。
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自身のセクシュアリティについて考えているここ数年。

一番近い「アセクシュアルノンセクシュアル)」を自称するようになってから、孤独や不安感が薄まっているのは感じています。

それはわたしにとって救いで、自認によって確実に生きやすくなっている感覚。

けれどそれはあくまでも自分だけのことを考えた場合であって、
他者との関わりがゼロにはなり得ない世界で、困惑することは多々あります。

アセクシュアルを差別される、
結婚を強制される、
いずれわかると諭される…
という場合には、こういう人も絶対にいる!という拠り所はある。

でも、自分が絶対にアセクシュアルなのか、
アセクシュアルとして生きていたいのか、
大事な人との感覚のズレが生きづらさを生んでいる場合はわからなくなります。

枠にはまり続けて幸せになる未来があるのかというと、そんなことはないと思うんですよね。

もちろん枠を破って自分が傷つくことになっても良いのかという葛藤は残るんだけど。

 


 

これって摂食障害について考えていたことと全く同じ。

摂食障害でいるとき」にいろいろと免除されたり
病気を理由に自分を許せたりしたあの経験。

あのときは摂食障害を手放せずにいて、一生「摂食障害」でいたいと思ってしまうようで不安だったけど、
今はいつの間にか摂食障害を忘れていることの方が多いです。

セクシュアリティも同じなのかも。
今は葛藤の時期で、いつまで続くかはわからないけど忘れられる時期が来るかもしれない。

そうなるには自分の周りが変わっていけば。
忘れられるくらい快適な環境に、自分でしていかなければいけないと思う。

Aceが後天的だったなら|『私の身体を生きる』

 

セクシュアリティは、先天的か後天的か意見が分かれるもの。
自分に当てはめて「もしも」を考えてみました。

 

 

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最近読んだエッセイ集『私の身体を生きる』。
17人の著者が自分の視点で体験談を書いていて、とても興味深いものでした。

私の身体を生きる

17人の人気小説家・美術作家・コラムニスト・漫画家・発明家が自らの「身体」と向き合い、ときにユーモラスに、ときに激しく、そしてかつてない真摯さで文章をつむぐ。「文學界」人気連載がついに単行本化。



性に関して思い悩んだことがあるならきっと共感部分があるだろうし、
今まで特に深く考えたことがなかったなら、これから考え方が変わるんじゃないかと思うような、多様さに溢れて本当に面白い。

 


 

わたしは読みながら自分のセクシュアリティについて考えていました。

わたしが自認する、他人に性的指向が向かない「アセクシュアル(Ace)」は、性に関してトラウマがあるのではないかとよく言われます。

でもわたしには性体験がないし、
幸いにもいわゆる痴漢被害に遭ったことがありません。

だからトラウマなどによる後天的なものではなくて、生まれ持った性質なんだと理解していました。

けれど読後の「既視感」を振り返って思うのは、
後天的要素もゼロなわけはない、ということ。

本に書かれている体験をそっくり経験しているわけではないのに、思い当たることがいくつもあったんです。
記憶の奥に追いやっていたような、消したくても消えてくれないような体験。

 


 

思い出した経験を少し。。

①ニヤニヤ集団に話しかけられる

1つ目は、1人であるショッピングセンターに行ったときのこと。
歩いているときに3,4人の20代男性が乗った車が近づいて、窓からわたしに向かって誘い文句を吐き捨てて行きました。
なんと言われたのかは詳しく覚えていないけど、とにかく逃げなければ、と思ったのを覚えています。
直接脅すような言葉でもないし、車は追いかけてこなかったのでその後何も起こらなかった。
だけど明らかにわたしを「性対象」と見て話しかけてきたのはニヤニヤした顔からわかりました。

②外国人からハグを求められる

2つ目は、本屋さんで待ち合わせをしていたときのこと。
前から外国人観光客と見られる男性が歩いてきて、興奮した目つきで腕を大きく開いてきました。
「カワイイです!ハグしていいですか!」
これもまたハグを強制するわけでもなかったけれど、通路を塞がれる形になり隙間から必死に逃げました。
焦っているように見えないように。
あくまでも褒められているのだから、相手の機嫌を損ねないように。

③高身長の同級生から問い詰められる

3つ目は、高校の体育の授業のときのこと。
わたしは当時摂食障害が酷く、体育は見学で過ごしていました。
病気のことは特に他の生徒には知らされていなかったけど、見ればわかるような不健康体型。
興味を持ったらしい高身長の1人が、調べたのであろう摂食障害の知識を交えてわたしの体調がこれに当てはまるでしょう?と質問攻めに。
相手は心配もあっただろうけど、わたしにはどうしても好奇の目にしか見えなかったし、話したことのない高身長の男性に問い詰められて怖かった思い出として残りました。

④コンドームの箱を熟読してしまう

最後は実家を出てパートナーと暮らしていた姉の家でのこと。
1人で遊びに行き、片付け嫌いな姉達に代わって部屋を片付け。
謎の箱の裏面を読むと、コンドームであることが判明して相当なショックを受けました。
でもこれは大事な物のはずだから、見えないところに片付けてはいけないと思って、すぐ手の届くところに置いておくことに。
姉のパートナーの反応は、「ニヤニヤ」。
わたしは正しいと思ったのに、失敗した…と思ったし、本当に気持ち悪かった。

いずれもただそれだけ、だけど、
その後何度もあの景色と恐怖・嫌悪を思い出してはかき消していた体験です。

 


 

こんなことはトラウマとは言わないでしょう。
何も起こっていないから。

『私の身体を生きる』にはこのような体験が至る所に書かれていました。
おそらくこのような体験はありふれていて、ほとんどの人がしているのに言わないだけなんだな、気持ち悪いという感情もおかしくないんだな、と感じました。

傷にはならない人もいるけど、
わたしの傷でありAceの要素でもあるかもしれない。
大したことないと言い聞かせてきたけど、私にとっては一大事だったんだよな。

そんな気づきを得た本です。

許すって多分愛

 

「愛」について実感の多かった今日この頃。
考えていて気付いたことが、「許すこと」でした。

 

 

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実はこのブログで、パートナーができたと書いたことがあります。
とても難しいお付き合いだったのですが、正直根本をわかっていませんでした。
おそらく今もわかれていません。

1年経って、より良い付き合いのために「友達に戻る」選択をしているところです。

今後の関係性について話し合う際に、
わたしはずっと許されていたんだとハッとしました。

わたしは性的欲求が他者に向かないアセクシュアル
側にいて日常を共有することが全てで、楽しくお付き合いできていると思っていた。

お相手はスキンシップも含めた恋愛を求めているタイプですが、ずっとわたしに合わせてくれていました。
それは理解していたし、我慢させている申し訳なさはありました。
でも、それが愛だとは完全に理解していなかった。

わたしはわたしなりに彼を愛していて、
始めに思い描いていたよりもずっと大きい存在となって大事にしていたつもりでしたが、スキンシップという重要な部分を目をそらしていたのは、恥ずかしながら事実です。

 


 

別の事情も考慮すると友達に戻るのがいいという結論になったわけですが、
彼と離れることを実際に現実的に考えて初めて、自分の希望は叶わないという辛さを理解しました。

彼とは比べものにもならないけれど、「スキンシップできなくても許す」というのは、計り知れない努力があったんだと推測します。

それをなんで汲み取ろうとしなかったのか、わたしには理解できない気持ちだと放棄してしまったのか、後悔ばかり。

わたしも彼を許そうと努力したものはありました。
実際に許してもいたけど、それは純粋な愛というよりは、「自分が愛されるための許し」だったようにも感じて本当に恥ずかしいです。

 


 

でも、今さらながらこんなに後悔しているからこそ、ちゃんと愛せていたなと実感することもできました。
お付き合いする前や直後は、もう恋愛感情を抱けないんじゃないかと本気で思っていました。
過去の記事を読んでもらえればよくわかると思います。

そして、彼との会話でとても印象に残っているのが「こんなに好きになってもらえると思ってなかった」という言葉。

わたしなりの愛が大きくなるのは自分でわかってはいたけど、それが相手に伝わるほどに恋愛できていたと証明してもらったようでした。
ほっとしたし、何よりも嬉しかった。

もちろん恋愛感情がないこと(アロマンティック)が良くないとは思っていません。
が、困難が多いのは悲しいですが事実だと思うから。

ほんの少し可能性が広がったような気持ちです。
それは紛れもなく「彼が相手だったから」なので今後どうかはわからないけどね。

今の心の痛みを、「恋愛ができたしるし」としてしばらく大事にしたいと思います。